Review 09
小川 智宏
中学生のころ、埼玉の片田舎でロックに目覚めた、しかもその入り口が90年代のUKロックだった自分にとって、ライブとはどこまでもバーチャルなものだった。ライブハウスなんてものは近所にないし、海外のバンドが来日したとしてもライブをするのははるか遠くのホールやアリーナ。今みたいにYouTubeでライブ映像を簡単に観られるような環境でもなかったから、もっぱら雑誌に載っているライブ写真やCDに収録されているライブ音源を聴いて妄想するのが関の山だった。
オフィシャル音源では飽き足らず通信販売でブート盤を買って聴いたりもした。商売として成り立たないので今はそんなものほとんどないのではないかと思うが、当時は適当なテープレコーダーで録音したような音源が、下手したら公式盤よりも高い値段で流通していたのだ。録音状態のいいものならまだしも、なかには観客の歓声やノイズがうるさくて肝心の演奏がほとんど聞こえないようなものもあった。それでもイノセントな中坊を「これがロックバンドのライブなんだ」と興奮させるには充分だったのだ。この「Because It’s 2020」には、その匂いがある。
ライブハウスに行って爆音を浴びるということが長らく習慣化していた身からすると、コロナウィルスのせいでライブを観ることができない日々は思った以上にタフだった。失って初めて君の大切さに気づいたよ、なんてろくでもないヒット曲の歌詞みたいだが、本当にそういうふうに感じることがあるんだな、と実感した。夏をすぎてようやく少しずつ戻ってきた感じもあるが、前と同じというわけにはいかない。元通りになるにはまだまだ時間がかかるだろう。フロアにラインで区切られたマス目に立って声も出さずにライブを観るなんて、なんのおふざけなんだと思うが、これがニューノーマルということなのだろう。そんな「普通」なんて願い下げだが。
そのクソみたいなニューノーマルに対する反抗の叫びが、つまりこの9作の「ライブ・アルバム」だ。ライブを主戦場に生きてきたピザ・オブ・デスのバンドたちが、観客のいないライブハウスで鳴らす音。それが「ライブ」なのかといわれれば、そうとは言い切れないもどかしさがあるのは確かだが、この「Because It’s 2020」シリーズに収められた9つのバンドの音源には、そのもどかしさや困難さも引っくるめてすべてが記録されている。レーベルが提案した企画に乗った時点で同じ志を持っているとはいえ、このプロジェクトに対するバンドのスタンスはそれぞれだ。どこか淡々とまっすぐに楽曲を繰り出すDRADNATS、曲名を叫ぶ声にいろいろな感情の嵐が吹き荒れているKen Yokoyama。SLANGが最後に繰り出す「何もしないお前に何が分かる 何もしないお前の何が変わる」は今届けるべきメッセージとしてあまりにも重いし、GARLIC BOYSの音源からは、彼らがそこにいてノイズまみれになっていること自体が1個の希望として響いてくるような感覚を覚える。
そして何より、ステージから爆音をぶっ放す喜びと楽しさを他ならぬバンド自身が感じていることが、痛いほど伝わってくる。そう、楽しいのである。もどかしいけど楽しい、その感覚がどこまでもリアルな、まぎれもなく「ライブ」音源集なのだ。現実は言うほど楽観的ではない、そんなことは重々承知しているが、あえて言いたい。ロックは死んでいないし、ライブの灯も消えていない。この9つの音源は、そう思わせてくれる。